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2017年1月14日 (土)

読書・東京裁判(極東国際軍事裁判)

1月13日
図書館に返却に行くと、今日は借りないと思いながら一回りし「東京裁判」の分厚い本の前で考えてしまう。返却日まで読むことができるかなと。関心があるのは東条英機の弁護人清瀬一郎と言う人である。十数年前、私は某病院の個室担当で働いていたとき、「清瀬」という病室に見舞客が頻繁に出入りしていて、客が多い時は子息が廊下を行き来していたため、立ち話をする機会が多かった。その話の中で、祖父が清瀬一郎で東京裁判で弁護をしたけれど、負けてとても生活に困ったと聞いていたのでこの際、読もうと思って借りることにした。
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アメリカ人ジャーナリスト(アーノルド・ブラックマン)が四半世紀をかけて資料を収集した事実を書いている。ブラックマンは1946年の東京裁判の取材のため来日。1948年裁判終了まで滞在した。清瀬一郎の弁護とその背景をまとめてみた。
裁判は、1946年5月にオーストラリアのウェップ裁判長で始まった。
清瀬は冒頭に 正義と公平との要求のため、ウェップがこの裁判をするには適当ではない。ポツダム宣言の趣旨を守って裁判をするにはウェップは適当ではないと裁判長の交代を要求し、ニュージーランド判事が代理で再開し、全員は無罪であると主張した。
清瀬: ドイツは無条件降伏したが、日本はポツダム宣言の降伏受諾をしたから有条件降伏だ。日本はポツダム条項の一つである戦争犯罪人の罪とは、世界共通の言葉「戦争犯罪」だけが課せられるもの。「平和に対する罪」や「人道に対する罪」について告発することは、戦争犯罪という範囲を超越する。国際法にはこのような犯罪は存在しない。ポツダム宣言は1941年~1945年までの戦争を凍結させるもので、それとは関係のない諸事件を起訴状に引用するなど断じて考えられない。起訴状の却下を要求する。
裁判は、検察側の主張や証人発言が多く、被告の弁護を却下するところが多かった。アメリカ人弁護人(カニンガム)はウェップ裁判長と幾度となく口論していた。カニンガムはアメリカ法律家協会の会議に出席し、「東京裁判の主要な悪弊」という文書を提出した。カニンガムが告発した事項を少し拾ってみる。
〇この裁判の目的は、報復であり、弁明であり、宣伝であった。
〇ロシアを含む起訴諸国は、日本に対して告発した犯罪から自国が免れていることを示せなかった。
〇まさしく法廷にロシア判検事がいるために、この裁判は矛盾したものとなった。
〇極東憲章は、明らかに事後法であった。
〇被告は、公正な裁判を与えられなかった。
〇反対尋問は、証拠の抑圧というに等しいほど制限されていた。
〇検察側証人は優遇され、弁護側証人は冷遇されていた。
〇判事たちは裁判中、何か月も欠席した。
〇侵略戦争は決して十分に定義されていたわけでもなく、処罰可能なものとされていたわけでもない。侵略戦争が犯罪であるならば、なぜ諸国は不侵略条約を作らなかったのであろうか。国家行動に対する個人責任は矛盾している。裁判所がこのような法律上の曲芸に魅せられるとは思わないと述べている。
裁判長は同僚判事たちにアメリカ法律協会は、カニンガム氏が法廷侮辱罪を犯したと考えれば、だれも耳を貸さないであろうと確信する。そしてカニンガムを「今後の審理から排除する」と宣言した。
アメリカ弁護人の一人が、清瀬弁護人は世界最高の法律家の一人と絶賛していたが、弁護をことごとく却下されて裁判は終了した。
死刑を宣告された7人:東条英機、土肥原賢二、広田弘毅、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章。
東京裁判は、勝者が敗者を一方的に断罪した報復的な政治裁判だった。

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